山古志をたずねるー自治体学校

第55回自治体学校in新潟
毎年、この時期には、自治体学校に参加しています。
今年は8月2日(金)から4日(月)まで新潟市にある朱鷺メッセの国際会議場で行われました。
会場は朱鷺メッセ

1日目は、関川村の和太鼓 龍泉会「えちごせきかわ太鼓」の演奏で始まりました。
えちごせきかわ太鼓

記念講演「参院選の結果と安倍政権」で渡辺治氏
渡辺治氏

特別報告 「道州制に対抗して新しい時代の地方自治を構築しよう」 岡田知弘氏
岡田知弘氏

実践報告 「脱原発こそすべての命を救う絶対の手立て」 吉田隆吉氏
吉田隆吉氏

2日目は、2講座、8分科会、それに現地分科会4の中から、党議員団が選んだのは
「中越大震災から復興した山古志を訪ねる」です。
貸切バス2台ほぼ満席で、新潟駅前を出発しました。私たち2号車の。
今から9年前の2004年10月23日に起きた中越大震災。新潟県山古志村などの中山間地では地震・地滑りなどで大きな被害を受け、14の集落に住んでいた690戸2167人の村は全村避難を余儀なくされました。現在では戻った世帯は約7割弱、人口は6割弱になっています。その復興の様子と課題を、現地でみてきました。

現在、山古志村は、合併で長岡市になっています。
新潟駅から2台のバスで出発し、案内の日本共産党の県会議員の説明を聞きながら1時間半。
山古志に入ると、山崩れの防護壁等があちこちにあります。
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村役場は山古志支所になりました。震災で、玄関前が70センチも隆起。
体育館で日曜出勤の地域振興課の話し上手な職員の説明を聞きDVDを視聴。

昼食は、復興資金を活用してつくられた農家の女性たちによるレストランの、野菜たっぷりのお弁当。特産の神楽南蛮のてんぷらを、ピーマンと思って食べた人が、辛くて手が止まっていました。
食後には物産の販売もあり、参加者は何がしか購入。議員団は神楽南蛮味噌などを。
お弁当の包み

お弁当の中身、野菜たっぷ~り

支所出発前に、支所玄関前の錦鯉を見ながら説明を聞きます。
支所玄関前の錦鯉
壊滅的な打撃を受けた錦鯉ですが、生産と販売も順調に回復。説明してくれた職員のお宅でも錦鯉を養殖しているそうです。道の脇に養鯉場がたくさんありました。また、棚田を利用して鯉を野外で育てる時期だそうで、田と池が隣り合っています。

復興住宅を見学。県産材を使った低コストモデル住宅で、雪が積もっても暗くならないように、吹き抜けになっています。
これは高床式の住宅

4世帯の長屋
現在は476世帯が山古志に住んでいて、公営住宅は全部で35戸。自力での住宅再建にも、復興基金事業が役立ちました。一般の行政施策では支援が難しいと思われる被害にも、様々な支援がなされました。

被害の一番ひどかったという木籠(こごも)集落では、水没し壊れた家をそのまま保存しています。
水没した家屋を保存
自然の力の強さを見せつけられました。

住民がつるはしで掘った中山隧道、長さ900メートル。
隧道の中の釘丸議員
昔は医者に行くにも山を越えなければならないため、昭和の初期に17年もかけて山をくりぬいたそうです。中は陽の光が届かないので、真っ暗で寒かった。
真っ暗やみの向うに光が!

1000年の歴史を持つ闘牛も復活。月に2回程開催されます。
この牛は、岩手から贈られた南部牛。飾りものかと思って見ていたら、いきなり動いたのでびっくり。
牛!!!

飼い主の松井さんの言葉は「震災での全国からの温かい支援に対し、村に戻り元気に暮らすことが何よりの恩返し」など、一つ一つが重いものでした。

過疎化、高齢化が進み、それにどう対応していくかが課題となっています。今回、山古志で感じたのは、コミュニティの重要さ、地域外の人との交流。これらが、復興を進めることができたのだろうと思います。説明の中で、日本共産党がいち早くボランティア救援センターを立ち上げ、多くの人をつなげてきたことで、長岡市から感謝状を受けたということです。
自然にはかなわなくても、それを乗り越えるのは人の力、人の心です。


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  1. 2013/08/15(木) 19:34:16|
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