戦跡を見る

1月末に沖縄へ行き、29日に戦跡、30日は元那覇市議の大城朝助さんに案内していただき米軍施設など、31日は世界遺産を見てきました。

29日。
旧海軍司令壕
海軍壕公園には碑がたくさん
壕には、多くの部屋がありました。自決の爆弾跡が壁に残る部屋も。
壕の中、地下に下りる階段

沖縄本島のほぼ南端、喜屋武(きゃん)岬
車が1台しか通れない狭い道を迷いながら、やっと到着。
1945年6月、沖縄戦で島民が米軍に追い詰められてここまで逃げてきた。
こんな穏やかな場所が戦跡だなんて。
喜屋武岬園地
穏やかな波と断崖
こんな看板もありました

昼食は、沖縄そばとゴーヤチャンプルー。

ひめゆりの塔、観光客がたくさんでした。
壕の入り口
ひめゆり平和祈念資料館脇のガジュマル。
ガジュマル
妖怪キジムナーには会えませんでした。

平和祈念公園
平和式典はここで行われます。
平和式典ゾーン
そこから平和の礎(いしじ)を右手に見て進むと、平和祈念堂。
沖縄平和記念堂
その裏側に、なぜか清ら蝶園。
日本で一番大きな蝶、オオゴマダラがたくさんいました。
ちゅら蝶園
卵と幼虫
さなぎ
成虫

冬でも穏やかな気候、穏やかな人々。こうして平和な時代に行くと、自分が穏やかになれそうな所です。
ここが戦地だったとは思えないと言いたいところですが、いたるところに戦跡や傷跡があり、今の日常の中にも、戦争があることが知れるのが、悲しい。
人的にも物的にも大きな犠牲があったことを考えると、戦争をすべきではないとの思いが強くなります。

この日は最後に世界文化遺産群のひとつ、琉球王国最高の聖地・斎場御嶽(せーふぁーうたき)へ。
南城市歴史学習体験施設入館券は200円。
近くにあった自販機に、シーサーが書いてある。
飲料の自販機


31日は世界遺産群9か所のうちの2か所、今帰仁城跡と首里城に。
日本でもアメリカでも無かった、琉球王朝時代、それ以前のグスク(城)時代、さらにそれ以前の時代と、歴史の変遷をみると、今の沖縄の人々の感覚が、内地の感覚とは違うわけが理解できました。
今帰仁城跡で年配のガイドさんが説明をしてくれたのですが、世界遺産になってから今帰仁村職員の学芸員さんの熱意でガイド養成をしてできた事業だとのこと。職員の役割は重大です。
首里城では、守礼の門が工事中でみられず。あの朱色は、桐油と弁柄を混ぜたものの二度塗りでできているなど、丁寧な展示が面白かった。

レンタカーはガソリン満タンで返すのですが、道中GSが見つからず、現金精算。

19時5分の飛行機で羽田に戻ったら、寒いこと寒いこと。
昨年の冬は網走で流氷を見たのを思うと、南北に長い日本を実感しました。


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  1. 2013/02/04(月) 13:35:43|
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