江戸の食文化ー豆腐百珍など

10月28日(日)、厚木市歴史講演会がありました。
「都市と農村の食文化-江戸時代を中心に-」
講師は国士館大学教授 原田 信男氏
講師の原田信男氏

日本の食文化
ヨーロッパは麦と乳、肉の文化。小麦を練って食べる粉食。酒はビールとウイスキー、お菓子はケーキにクリーム。
日本の特徴は、米と魚と大豆。米は主食になり、酒になり、菓子にもなる。調味料は魚醤から大豆の味噌・醤油に特化していった。交易が発達し、室町時代にだし(カツオ・昆布)が成立。中国の影響で皿数が偶数の膳組が、日本独自の七五三の奇数の膳組に変わった。家ごとに料理の秘伝書があったとか。

江戸時代
豆腐料理百種の料理本、天明2年版の「豆腐百珍」など、料理本が流行。自由に料理を楽しむ時代になった。
当時から、クッキングスクール(料理指南所)、料理店のガイドブック、ドライブイン(街道に店舗)、チェーン店、プリペイドカード(料理切手)、野菜を切って売る店など、当時も現在と変わらないものが、たくさんあった。
食料は自給自足できていた。唯一輸入していたのは対馬、韓国から一万石買っていた。飢饉は買い占めで起きる。
松平定信の寛政の改革で、倹約が求められ、料理ブームがすたれた。
政治の評価はいろいろあるが、政治が強いと文化がつぶされ、経済的根拠があれば文化がのびる。

厚木地域の食生活
年中行事、祭礼や婚礼・接待などの食べ物の記録がある。赤飯、ボタモチ、寿司、煮しめなど。カテメシもあるが糧飯はご飯の食い伸ばし法だが、これは米へんに柔と書くカテメシで、野菜などを入れて食べやすくした五目飯のことだろう。
記録として残っているのは特別なもので、日常茶飯のものは残らない。いつから一日三食制になったのかは非常に難しい。
      
新潮社「豆腐百珍」の扉写真


日本の食文化のお話の中で、食料と文化と経済、食料自給率とTPPなど、いろいろ考えさせられました。食文化を遊びとして楽しむ階層があるのはいつの世も同じ。生きることは食べることと思っている私としては、農村を含む庶民の食生活はどうだったのか、気にかかりつつ聴いておりました。
会場がヤンコミだったので、帰りに図書館に寄って、「豆腐百珍」を借りて帰りました。
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  1. 2012/10/28(日) 19:25:30|
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