長崎・城山国民学校を訪ねる

8月15日は終戦記念日。その翌日、長崎市にある城山小学校を訪ねました。長崎の爆心地から一番近い小学校です。当時、3階建の白亜の校舎の「城山国民学校」は、棟をつなぐ階段塔を遺構として残し、子どもたちの発案で、平成11年から「長崎市立城山小学校 平和祈念館」として、公開しています。修学旅行での平和学習でしょう、小中学生も多く訪れます。
平和祈念館の入り口

蝉時雨の昼下がり、夏休み中の小学校の敷地内にそーっと入ると、「平和坂」「双子クス」の説明板。
城山小学校の平和坂

児童の書いた説明板

双子クス

子どもの姿は一人も見えず、記念館を覗くと係のおじさんが一人。「2機の飛行機が来て、1機が落下傘を落としたのを見た。それに気を取られているうちに原爆が落とされた」と、体験を話してくれました。生き残った先生3人のうちの一人、教頭先生が描いた絵が、爆心地から500メートルの学校の復興の厳しさを物語っています。
助かった児童は50名余。1400名あまりが亡くなりましたが、身元が判明したのは半分にも満たない600名強という事です。

 敷地内には、「永井坂」、「永井桜」「嘉代子桜」、色とりどりの折り紙の千羽鶴を供えた「少年平和像」などがあります。
折り鶴と少年平和像

「カラスザンショウの木」です。被爆し、熱戦や爆風などを受け、全体の樹皮が剥がれ落ち、かなり傷み黒ずんで、隣のムクの木に寄りかかりながらも生きているその様子に、強い印象を受けました。
カラスザンショウの木

カラスザンショウの木に近づく

長崎と言えば、平和公園や平和祈念像、原爆資料館がありますが、この城山国民学校は、子どもたちの手作りのものも多く、受け身ではない平和学習の場となっているように思われます。城山小学校では現在でも、毎月9日には平和行事が行われているそうです。
城山国民学校の階段塔屋

被爆当時の部分と現在の小学校が同居

城山小学校

戦争を体験した人が少なくなっている今でも、こうして平和の尊さをしっかり学び、後世に伝えていくことの必要性を強く感じました。
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  1. 2012/08/23(木) 15:38:53|
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