消防隊、被災地での思い

連休過ぎは、東北地方へのボランティアが激減したとのニュースがありました。
でも、現在も現地へ行っている方はたくさんいます。

先日は、厚木市の若手の職員7名が厚木に戻ってきた時に遭遇。「石巻市で炊き出しをしてきました。」と。金曜の夜に厚木を発って、日曜に食材から、鍋釜、寝袋も持参で行ってきたそうです。

もちろん、ボランティアだけではありません。
各自治体でも、職員を派遣しています。

先日、厚木消防本部で、実際に現地で活動をした消防署員の方の話を聞くことができました。

厚木消防署の日常訓練

3月12日には、北海道から九州までの各自治体から緊急消防援助隊・1027隊が派遣されています。
厚木消防は発災直後の3月11日から4月3日まで、計46名が派遣されました。現地で活動してきた消防職員の方から話を聞くことができました。
日ごろから、火事や救急、災害で活動していますから、そのこと自体はお手の物。ただ、数日にわたる被災地での活動ということで、つらい思いも多々あったようです。

厚木消防では仙台市若林地区に、救助と人命検索で7名ずつ3隊、それぞれ4泊5日で活動。発災時に妻と連絡が取れないまま、現地に向かった隊員も。食事は各自が持参するため、飲料水が手に入らず海老名でも買った。首都高を走行中に水戸→気仙沼→仙台市若林区へと、行く先が変更された。

現地でミーティング、活動地域を指示され、余震と雪、津波の恐怖の中、1軒1軒の建物を徒歩で確認していく。ずっと外での活動で、休憩も近隣の住民やカメラマンもいて常に見られているため、言動に注意しなくてはならなかった。食事も現場で下を向いて食べた。

国や県からの情報がこないため、コンビニの新聞やワンセグで情報を得る。

また、救急隊は福島第1原発から半径20~30キロメートル圏内の自力避難困難者の搬送のために5名ずつ5隊が出動。自衛隊が30キロ圏外に運び、救急隊はそこから搬送。福島市から、一般車両通行止めのデコボコの高速道路をひたすら走って前橋市の病院へ、往復670キロ。待機の時間が長く、24時間絶えず緊張。頻繁に放射線量を測定し、放射能の恐怖とも闘う。風呂に入れず、水は冷たい。寒さの中で食べたカップラーメンが美味しかったのが心に残っている。

総合福祉センターの近く。

厚木は6月21日から再び派遣されます。神奈川からは横浜、川崎、相模原との4隊。規模の小さい自治体では消防隊を派遣することができません。しかし、厚木は消防庁の消防力基準を満たしているわけではありません。さらに消防力を強め、市内はもとより、広域での活動に対応できるようにしていく必要があります。
また、広域の震災に際して、消防団の協力体制について明確な取り決めが無いとのことで、これも、改善の余地があるでしょう。
そして、市民も、個人でできる防災対策を実践していかなくてはなりません。時間が経つと疎かになっていくのは人の常。そこで、少なくとも毎年9月1日には、各家庭でも確認を。
代々語り継いで、今回の大震災を今後の教訓としていきましょう。

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  1. 2011/05/18(水) 12:28:23|
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