朝日新聞・声欄に

 1月から2月にかけて、12月議会報告会を市内各所で行っています。
 その時、参加者から「朝日新聞の声欄に載っていた」と言われて見たら、あるではないか、1月16日の朝日新聞朝刊に。以下の通り。
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            若者に薄れた反共の固定観念
「ルポにっぽん 失職…そこに共産党」(11日朝刊)を読んで日本の社会もようやく変わりつつあると感じました。
 かつて近所のおばあさんが「わたしは共産党が街頭演説しているときは、おっかないから裏道を通って帰る」と話しているのを聞いて苦笑したことがありましたが、戦前、共産党は軍部や政府から目の敵にされ、「アカだ」「恐ろしいから近づくな」という宣伝が国を挙げてなされたため、多くの国民は意識の中にそうしたイメージを刻み込まれてきたのです。60年以上もそれを引きずるおばあさんの言葉を聞いた時、国家がはるレッテルの怖さを感じました。
 討論番組を見ても、つい最近までは共産党の議員が発言するたび「また共産党か・・・」と冷笑する議員が映される場面が多く、「国民の声を代弁していいことを言っているのにどうして?」という思いを無党派層の私でも持っていました。
 しかし今は「いいものはいい」と、特に若者の意識が変わり、レッテルに惑わされなくなりました。国民こそが主人公だと自覚し、いい国を作っていきたいものです。


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 同感です。戦後、レッド・パージで共産党が国から攻撃されたこと、それが、今の尾をひいているというのは、本当に恐ろしい。
 レッド・パージの不当性を考えるとき、おもいうかべるのが、織田信長のキリシタン弾圧や、比叡山の焼き打ち。宗教と政治という違いはあるが、時の権力者にとって都合が悪いことはすべて「悪」にされてしまってきた。そして、実は今になってみると、決して「悪」でも何でもないといことがわかる。
 イスラエルとガザとの関係も、それぞれの思いが通じないのが、被害を大きくしているのではないのだろうか。
 人間は、なんて欲の深いものかと思う。
 以前、吉野ガ里に行ったとき、甕棺の中に首を切られた貴人の遺体があったが、物を所有したいがために争いが起きた、その犠牲者。2000年経っても、人間はまだ争いをやめることができずにいる現実に、21世紀こそ、戦争のない時代にと願ったものだ。
 しかし、世界各地で、争いがおき、それを望まない人々が、数多く、死んでいく。
 共産党は、党をつくって今年で87年、平和と民主主義を貫いてきた。

 今年も、がんばるぞ!
 
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  1. 2009/01/22(木) 11:59:20|
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