F.ベアトの撮った厚木の写真

厚木市郷土資料館では、8月21日まで、収蔵資料展「みんなでつくる「あつぎ百科」物語①人文編」が開催されています。
先日、郷土資料館のにチラシが展示されている商店の方から、「資料館にある厚木の写真が、家にあるものと似ているけど、ちょっと違う」とお聞きしたので、見せてもらいました。
セピア色の写真がパネルになっていました。
藤村の写真

この写真について文化財保護課に聞きに行くと、すぐに教えてもらえました。
厚木市教育委員会発行の『第九回特別展「商家と看板」』には、・ベアトの撮影した厚木の写真が掲載されています。
写真の原版は横浜開港資料館が所蔵しているそうです。
市の所蔵する写真はこれ。
IMG_9542s_20160713200920e25.jpg

比べると、確かに違います。
火の見櫓が大きく見えます。
右側の薬屋さんの看板も違っています。

イタリア生まれでイギリス国籍を有する、写真家のフェリーチェ(のちにフェリックス)・ベアトは、クリミア戦争やインドのセポイの反乱、アヘン戦争などの報道写真も撮っています。
1863年から21年間、横浜に住んで写真館を営み、横浜や長崎、東海道など、各地の写真を撮っています。
写真には厚木や宮ヶ瀬もあります。
居留外国人は行動範囲が決められていて、宮ヶ瀬はその端っこ。
10人ぐらいで馬に乗っての日帰りコースだったそうです。
幕末から明治初期にかけての当時、外国人はさぞ珍しかっただろうから、地域の人たちこぞって見に行ったに違いありません。
その人たちが、逆にベアトの撮影時のモデルとして協力したであろうことは想像に難くなく、ちょっと不自然に思われる人物の様子も納得できます。

たった1枚の古い写真から、『厚木市史』を手始めに見てみると、いろいろなことが分かって面白かった。
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  1. 2016/07/13(水) 07:00:19|
  2. ちょっと一息
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